東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)78号 判決
一 原告の請求の原因及び主張の一ないし三は、当事者間に争いがない。
そこで、本件審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。
二 本件特許発明の明細書には、「内索の基本的構造は、数本の鋼等の金属線を撚つたものであるが、内索が外管の内孔を摺動する場合の摩擦を軽減する為の一方法として、該内索の外側面に密接して、摩擦係数の小さい例えばテフロン或はナイロン等の合成樹脂を被覆したものが考案されている。内索は操作レバーや受動機器に連結する為に、その端部に索端金具が固着されるが、該索端金具の成形固着は一般に亜鉛合金等のダイカスト成形が用いられている。しかしながら、ダイカスト鋳込み時の熱と、溶融金属(以下湯という)の湯回りをよくする為に二〇〇℃程度に与熱された金型によつて被覆が溶融するので、従来は第一図に示す如く被覆内索1の被覆2を、金型に挿入する長さよりやや長く剥ぎ取り、内索の端部の各素線4を外拡がりの掛合部或は図示の如く外側方向に彎曲させた膨出部4´を形成し、この各素線4の隙間に湯が充填する如く、索端金具5が射出成形されていた。
上記の如き従来の被覆内索1にあつては、無被覆部分Aが雨水等によつてぬれると、該部分のみならず被覆された部分までも毛細管現象により水が浸入して錆を生じ、引いては切断する欠点があつた。本発明の目的は、上記欠点を無くす為に前記無被覆部分Aの無い索端金具付き合成樹脂被覆内索及びその製造装置を提供するにある。」(本件公報―成立に争いのない甲第二号証―第二欄第三行ないし第三〇行)と記載されているところ、右記載によれば、本件特許発明の発明者は、従前技術として、索導管のダイカスト鋳込み索端金具付き合成樹脂被覆内索として、本件特許発明におけるような合成樹脂被覆端部にも冠覆させて金属によりダイカスト成形固着された点を除いて、本件特許発明におけるその他の点は全て公知であつたことを認識していたこと、すなわち、このことからすれば、右の点は客観的にも全て公知であり、本件特許発明は、従来技術の前記引用個所に記載されたような欠点をなくすために、無被覆部分のない索端金具付き合成樹脂被覆内索を提供しようとするものであることが認められる。しかして、右事実によれば、本件特許発明は、索導管のダイカスト鋳込み索端金具付き合成樹脂被覆内索において、合成樹脂「被覆の端部7´にも冠覆させて」索端金具を「亜鉛合金等の金属によりダイカスト成形固着させた」点に新規性、進歩性があるものとして特許されたものと認めるのを至当とする。
審決は、『本件特許発明の構成要件である「合成樹脂被覆内索6の被覆7の端末部分が取り除かれ、前記被覆の端部7´にも冠覆させて亜鉛合金等の金属によりダイカスト成形固着させた」点を除いて、他の点については甲第一号証(本件訴訟における成立について争いのない甲第三号証)に記載されているものと認められる。』(成立について争いのない甲第一号証―審決書謄本―第二丁裏第九行ないし第一四行)としているが、甲第三号証(審判における甲第一号証)の記載をまつまでもなく、審決の右指摘の個所は公知と認むべきことは前説明のところから自ら明らかである。
三 本件特許発明の新規性、進歩性は、索導管のダイカスト鋳込み索端金具付き合成樹脂被覆内索において、合成樹脂被覆の端部にも冠覆させて索端金具をダイカスト成形固着させた点にあるとみるべきこと前説明のとおりであるが、原告は別に本件特許発明の新規性については争わず、進歩性のみを争つている。そこで、次に、審決のその点の判断について考えてみる。
四 審決は、「甲第五号証―本件訴訟における成立について争いのない甲第七号証1において鉛蓄電池接続線端部を端子に接続する際、予め端子を用いずに鋳型の中で端子を同時に鋳込み鋳造する旨記載されているが、本件特許発明のごとく被覆端部をも鋳物金属によつて冠覆するかどうかは明確に記載されるところがなく、またその対象が鉛蓄電池のリード線であり、本件の索導管の内索のようにきわめて大きな引張り強さが要求されるものとはその機能面でも相異し、当業者といえども上記記載をもつてただちに本件のものに容易に想到しうるとは認められない。」(審決書第二丁裏第一五行ないし第三丁表第五行)としている。しかしながら、まず注意しなければならないのは、本件特許発明の新規性、進歩性が前記指摘の個所にあるものと認むべきであるから、甲第七号証(審判における甲第五号証)の対象が鉛蓄電池のリード線であり、本件特許発明の対象がきわめて大きな引張り強さを要求される索導管の内索であつて、両者はその機能面で相異するからといつて、そのことから直ちに、当業者が甲第七号証の記載をもつて本件特許発明に想到することが容易であるとは認められない、とはいえないことである。なぜならば、きわめて大きな引張り強さを要求される索導管の内索の端部に索端金具をダイカスト鋳込みしたものは既に公知であつて、本件特許発明は、合成樹脂被覆の端部にも冠覆させて索端金具をダイカスト鋳込みした点に新規性があるとされるものであるから、そのように合成樹脂被覆端部にも冠覆させて金具をダイカスト鋳込みすることが容易かどうかのみが問題とされるべきであつて、引張り強さの大きいものあるいは小さいものを対象とするかどうかという点から容易推考性を問題とすべきものではないからである。
次に、甲第七号証(審判における甲第五号証)には、本件特許発明におけるごとく被覆端部をも鋳物金属によつて冠覆するかどうかは明確に記載してないことは審決のいうとおりである。しかし、問題は甲第七号証にその記載があるかどうかではなくして、甲第七号証の記載から本件特許発明が容易に想到しうるものであるかどうかということである。この観点に立つて甲第七号証を見てみると、図面の略解中には「第三図は該鋳込金具を端子に鋳込みたるものの横断面である。」との記載があり、図面第三図にはその状態が記載されている。しかして、同号証左欄下から二行目ないし右欄六行目には、「本考案を使用するには、先ずリード線被覆部5の端部に、鋳込金具の挾持部4の突爪1が喰い込む如く圧着せしめ、他方リード線芯線部6を平板状にしたるものに、挾持部2を密着挾持せしめる。次に該金具付リード線端部を端子7に鉛鎔着を以て接続せしめるのである。此の場合予め端子7を用いずに、鋳型の中で端子を同時に鋳込み鋳造することが出来ることは勿論である。」との記載があるところ、右記載中の後者の場合、すなわち、鋳型の中で端子を同時に鋳込み鋳造する場合の状態を第三図についてみるに、リード線被覆部5の端部が鋳造端子によつて「冠覆」されているとまでは認められないとしても、少なくともリード線被覆部の端部は鋳造端子側において一部覆われているとみられることは明らかである。しかして、右考案においてリード線被覆部の被覆の材質について規定するところはないけれども、合成樹脂被覆を除外しているものとは解せられないところ、リード線被覆部の端部を鋳込端子によつて一部覆うことが可能であるなら、これを「冠覆」することも可能であるとみうる余地があるから、甲第七号証に被覆端部をも鋳込金属によつて冠覆するかどうか明確に記載された文言がないという理由では、本件特許発明の「合成樹脂被覆の端部にも冠覆させて索端金具をダイカスト成形固着させる」ことに想到することが容易とは認められないと判断することまではできず、審決はこの点において判断を誤つているものといわざるをえない。
五 次に、成立について争いのない甲第一四号証(審判における甲第一二号証)についてみると、審決は、右米国特許明細書には可撓導管、さらに詳細にはブレーキコントロールケーブル用の可撓導管について記載されていると認定しながら、右甲号証には本件特許発明の特徴とする構成要件についてなんら記載されていないのはもちろん、示唆するところも認められないとしている。右甲号証は、本件特許発明の索導管の内索そのものに相当するブレーキケーブルに関するものではなくて、右ブレーキケーブルがその中に挿通される可撓導管に関するものではあるが(第一欄第二八行ないし第三一行)、その第二欄第二五行ないし第三二行(訳文第三頁第一〇行ないし末行)には、「導管を必要な長さに切り、該導管の両端から金具16、18の所定長さより短い分量だけジヤケツト6を裸にし、それから該導管の両端に金具16と18を鋳込むことによつて、第四図に示すごとき金具を製造することができる。金具16及18は、いずれもその一部が金属芯4の上に、また一部がジヤケツト6の上に、鋳込まれるものであることが理解されるであろう。」と記載されており、かつ右ジヤケツト6はゴム、ネオプレン、ナイロン又は他の可撓性ある熱加塑性材料より作られるものである(同号証第一欄第三一行ないし第三四行、訳文第二頁第四行ないし第六行)から、本件特許発明の内索を被覆する合成樹脂と同一のものであり、右甲号証には本件特許発明でいう合成樹脂被覆端部にも冠覆させて金属によりダイカスト成形固着するという点の記載があるものと認めることができる。
被告は、甲第一四号証のダイカスト成形固着とある原文は「Cast」すなわち「鋳込」であつて、その鋳込みは本件特許発明における内索の索端金具のごとき強固な固着を必要とするものとは全く異なるものであり、このことは同号証第三行ないし第九行の原告の訳文(6)中に「金具8がジヤケツト6の上に直接に鋳込まれた場合は、上記継手は加えられた力の下で動こうとする傾向がある。これは上記ジヤケツトの一部を研削するか他の方法で取除き、下方の金属芯4にまで達している一個のスロツト22を作ることにより防止できる」とあるとおり、また第一図のスロツト22の図示から明らかなごとく、フイツテイング8の金属芯要素(管)4に対する鋳込みは、本件特許発明の内索に対する「ダイカスト成形固着させた索端金具」とは全く異なるものであり、甲第一四号証によつて本件特許発明が容易に想到できるものでは全くない、と主張する。しかし、右甲号証が本件特許発明と対比されるべき点は鋳込み金具が本件特許発明における内索と同様強固に固着されるものであるかどうかということではないことは、前説明のところから明らかであるのみならず、右甲号証にも金具の鋳込みは単なる鋳込み(cast)ではなく、ダイカスト(diecast)される旨の記載があり(第一欄第三五、六行)、かつ被告の主張する同号証の訳文(6)は同号証第一図ないし第三図についての説明であつて、同号証第二欄第二一行ないし第二四行には、「上述の方法(註、第一図ないし第三図について説明されている方法)は製作の観点からみて望ましいものであるが、場合によつては、上記金具と上記金属芯の間にさらに強固な結合を作り出すことが必要なことがある。」と記載されており、それに続いて、「このような場合には、」として、前記引用したとおり合成樹脂被覆(ジヤケツト)端部にも冠覆させて金属によりダイカスト成形固着させるという記載があつて、この記載は第一図ないし第三図に対する説明ではないことが明らかであるから、被告が前記原告の訳文(6)に基づいて、甲第一四号証のフイツテイング8の金属芯要素(管)4に対する鋳込みは本件特許発明の内索に対する「ダイカスト成形固着させた索端金具」とは全く異るものであるとするのは、失当である。
六 以上のとおり、審決は、甲第七号証からは本件特許発明の「合成樹脂被覆の端部にも冠覆させて索端金具をダイカスト成形固着させる」ことに想到することが容易でないと断定した点及び甲第一四号証には本件特許発明の特徴とする構成要件について何ら記載されていないのはもちろん、示唆するところも認められないとした点においてその判断を誤つており、これは審決の結論に影響を及ぼすおそれがあるから(右甲各号証から最終的に当業者が本件特許発明に想到することが容易であるかどうかは別として)原、被告主張の他の点の判断をするまでもなく、違法と認められ、取消しを免れない。
〔編註〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。
合成樹脂被覆内索6の被覆7の端末部分のみが取り除かれ、内索8の各金属素線9の端部に膨出部10或は掛合部が形成され、該膨出部或は掛合部の前記各金属素線の外側を包みかつその間に出来た間隙を充填する如く、更に前記被覆の端数7´にも冠覆させて亜鉛合金等の金属によりダイカスト成形固着させた索端金具11を有する事を特徴とする索導管の内索。